2004.01.1発行WIND FROM FUTURE Vol.04
2004.01.01発行
目次
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□風量測定器設備の紹介
□視察見学会内容紹介
HISTORY OF S ~SEIHO小史~
第4回「ゼロからのスタート」
昭和三一年九月中旬、金型整備技術を学んだ大石たちは、一ヶ月ぶりに九州松下へ出社した。
しかし、まだ生産機械が一台もない状況だったモーター事業部に与えられた仕事は、丈の高い雑草に覆われたままの、工場構内の整備というものだった。
残暑と草いきれと戦いながら、生き茂った夏草をカマで刈り取り、工場内の厚い蜘蛛の巣やススを払い、コンクリートの瓦礫を外に運び出し、垂れ下がったダクトを元どおりになおした。
作業は、数日つづいた。
十月に入り、組長試験が行われ、大石は五人の部下がついたプレス担当の組長となった。本社研修では、プレス機に組み込む金型は習ったが、プレスは習っていない。その仕事は、ゼロからのスタートとなった。
十一月、初めてプレス機が入ってきた。
一〇〇トンの圧力がかかるプレス機で、重量は一〇〇トンもある。工場の構内までは貨車で運ばれてきたが、据え付ける場所へ運ぶクレーンなどはない。
大石たち十八人のモーター事業部は、移動から据え付けまで、すべて自力で行った。
当時、一〇〇トン規模のプレス機を備えた工場は見あたらず、五〇トンのプレス機があった佐賀の工場で金型の試験を引き受けてもらった。
大石は、製造課長とともに佐賀へと出向いた。
持参した金型の試験抜きは、順調に進むかに思えたが、だんだんと調子がおかしくなりはじめ、一〇枚を超えたところで、大音響とともに、金型は崩れた。
トラの子の機械を、壊してしまった。大石の手におえる問題ではなかった。課長が、事後処理に奔走した。
そして二年後、常に一億以上を売り上げた。驚異的な売上である。ちなみに関東地区ではゼロ、中部でもかろうじて一〇〇〇万円台というありさまだった。
SEASONS COLUM -風と住まい-
『家の隙間』
私の育った家は、造り酒屋の住居部分を祖父が買い取った、築80年ほどの屋敷だった。
十いくつかの部屋と土蔵があり、造りは立派なのだが、なにしろ昔の家で隙間も多い。
吹雪の夜、2階で寝ている私の布団の上にはうっすらと雪が積もっていることもあるほどだった。
しかしこの隙間のお陰(?)で、炬燵やちゃぶ台で炭を使っても一酸化炭素中毒になることなど決してなかった。
当然換気扇は家中探しても一台もない。
シックハウス症候群などというものとも全く無縁な暮らしだった。(もちろん家の造作の材料も自然のものであったわけだが)。
転じて現在の日本の家を見てみると、最低レベルの建売の家ですら高気密仕様となっている。
こんな家の中で炭を使ったら、それこそ流行の集団自殺状態になりかねない。
昔の日本家屋において「隙間」が安全に暮らすために必要なものだったとしたら、現代の家に必要とされる「換気システム」は、いわば現代の家における「隙間」と言えるのかもしれない。
植本阿良樹 氏
FORZAスローライフコーディネーター 一級建築士